るるぶ逢坂(雑談)@rurubuosaka

声優の逢坂良太さんがちょー好き!雑文。感情のうんこ。個人の感想です。嘘を嘘だと見抜いて笑える人だけ。

「THANATOS NiGHT/タナトスナイト」ラビリンス Vol.4セスCV.逢坂良太 感想

1枚目、特典も後日書く。ひとまず仮公開。
逢坂さんの事をある程度知っている事前提で書いてる。
書き手は乙女界隈に疎い。セスしか聴いてない。あらすじは他でみて。

「THANATOS NiGHT」ラビリンス構成

1曲目にボーカル『ラビリンス』→本編ドラマと1枚目と逆の構成。
タナトスナイト本編CD 6曲→23分
アニメイト特典「DA・天使ホーテ」7:52
・ステラワース特典 「堕天使Night_Re」7:41
※主人公への呼びは「お前」、一人称は「俺」
※シナリオはポルカドット。ライター個人名の記載無し。
※ボーカル+本編+メイト+ステラ特典=39分はちょっと満足度低い。
※甘さはステラ特典がポイント高い。
※個人的には逢坂さんのトークがシチュエーションCD本編では??????って思ってるクソヲタ。

2枚目を聴いた感想

記憶を消されたセス……なので1枚目とはキャラクターの性格付けが違う。
『堕天使』の設定が活きているような気がする。怖め。1枚目ととにかく毛色が違う。
2枚目はボーナストラックのキャストトークに逢坂さん自身が
「いじめられたい人にとっては多分嬉しい内容になってるんじゃないかなっていうふうに思いますけれども」
「前回みたいな話を期待しちゃった方には申し訳ありません(笑)また違ったセスの表情がみれて良かったんじゃないかなって個人的には思っております〜」

なんて言ってる。
個人的には1枚目が好きだけど、こればかりは好み。
2枚目の方が「性癖ギャアアアアアアア」な人もいる。

1枚目のバスがキキキキキィイイイの超展開に「くそwwwwwwww」って笑ってる人見かけたけど、わかる。
1枚目は逢坂さんのよくいるフツーの学生、泣き、叫び、嗚咽だのシチュCDっぽくないシーンが次々と、バリエーション豊か。
その意味では『中の人ファン』はまた別の意味で楽しめる。
2枚目はそういう超展開は起きない。
逢坂さんの演技的には少しS的な性格で、低めトーン。
少しチャラけた調子のいい所は引き継いでいる感じ。
(逢坂さんのキャラで言うと、トリスタの花崎やハマトラのナイスみたいな。
低い方は(と言っても高めの声色なんだけど)執着/溺愛のような少し病み系入ったあの感じ?今回は少し二面性のある感じに描かれている)
前回の幼なじみの主人公ではなくはじめから自殺したがっているまた別の主人公。

台詞

一つ一つの台詞を切り抜いて聴くと、『いかにも』な台詞が並ぶ。
だから1つでも台詞が気に入ったらまぁ聴いてみてって感じ。

以下↓
「お前が俺の言う事ちゃんと聞くなら、だけど」「他の誰もいらないってぐらい、大好きになってよ」「必ずお前をラクにしてあげる」「怖くもないし、痛くもないよ」「ぜーんぶお前が悪いんだからね」「何?怖いの?」「最初からそう言えばいいんだよ」「もしかして、みんなの前じゃ言えない事?」「今すぐ俺にキスして」「何、初めてなの?」「いい子だね」「ひとりぼっちにはしないから」「早く、お前から求めるようになってね」「お前も凄く凄く大好きな俺にイカせてもらえるなんて嬉しいでしょ?」「なら、もっと喜びなよ」

私のお気に入り大賞は
「遅い!ゴメンとかいらない。とりあえず謝っとく、みたいなのが一番ムカつく」でぇす……。
これ凄い逢坂さんっぽい(え?)←
それと、「ノート貸して」「次って小テスト?」「もしもし俺?」「今から行くねー、また後で」「俺絶対赤点とんない、マジだって」の日常っぽい台詞が逢坂さんの十八番、『普通のどこにでもいる高校生』演技で良かった。
他には「殺すね」「殺してあげるって言ってるじゃん」って台詞があるからこれが一番嬉しい人いるかも(え?)
ただ「俺の事好きって言って」「愛して」が多いから、そういうの苦手な人はちょっとイラってくるかも。1枚目と通して、セス自体がちょっと寂しがりっぽい設定があるような気がする。あと自己愛強め?「好きになること」「好かれる事」をわかってない感じ。
まぁシチュCDの性質上そうなりやすいんだけど……。

つづく(近いうちに書く)

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イベントやらで失神気絶する人

‪あのさぁ、逢坂さん関連のイベントでファンが気絶したって話、誰か知ってる???‬
正直、今時気絶なんてしたらSNSで書かれちゃったりしそうなもんだけど(やめてやれ)‬
嬉しさと感動で、興奮しすぎて倒れちゃった人には心から敬意を表す。‬

80年〜90年初頭の色んな映像を漁っていたら、その中の1つ。握手会の会場で倒れたファンが映った。‬
「気絶しそうな程」じゃなくて気絶。‬
酸欠状態。フラフラで立ち上がれない。‬スタッフに運ばれて行くその様子。‬
‪「当時は気絶した人がいるよ〜〜」なんて噂は尾ヒレがついて、過剰に言ってるだけかと思っていた。‬‬
その時代を知る人は、さも当たり前かのように「いたいた〜〜」って言うんだけど、それでも私は半信半疑だった。でも映像を見る限り、1人や2人の少数じゃない。失神しなくても感情のダム崩壊で号泣者続出。
あらゆる『誰かのファン』が全国的にバッタバタ倒れてる。‬
wikiを見ると『救急車が来た』なんて書かれているけど、多分本当なんじゃないかなぁ……。
見てるこっちが恥ずかしくなるぐらいの熱さ。‬
別に誰かと上下を張り合ってる訳じゃないのに『負けた』という感情が沸いた。

絶対に今の『会いたい』気持ちより濃くて重くて強いものだと思う。‬
今が軽いとは言わないけど、後から高解像度の映像が売られる訳でもない、検索一つでファンの無料レポートが流れてくる訳でもない、公式が、本人が自撮りしたリアルタイムの写真なんてある訳が無い。‬
だからあの頃の熱量と、今の熱量は絶対に違う。‬
当時を知らない私が思うのだから、絶対にそうだと思う。‬
私はあの時代に17歳だった人に嫉妬してる。‬
私は80年代の狂った時代を、この身で経験しておきたかった。‬
これは懐古厨じゃなくて、なんて言うんだろう。昔を知らないから思い出補正と言う訳じゃないし。
(今は便利で利点も多いけど、悪い面も多すぎる。この素人のうんこブログだって現代の技術があってこそ)‬

‪でも私、逢坂さん!のイベントではトイレの回数は異常でお腹の調子悪いし、
心拍数は明らかに早くて心音聞こえるぐらいには緊張してたから、もうこんなしんどい(物理)思いをするのが頻繁に、かつ定期的にあったら死んでしまうのではないかと思っていて。2度目も同じだった。‬
だから人と一緒に行って開場前に「楽しみ〜〜///」なんて一緒に言える余裕ない。‬
終了後に誰かとお茶なんてとんでもない。キャパオーバーで持たない。
その瞬間に、誰かへ「好き!」「楽しかった!」を言葉にして吐き出してしまうのが惜しいと思っちゃう。零したくない。
「2ヶ月も逢坂さんに会ってない~(;_;)」みたいな人はどんな強靭な精神と肉体持ってんだと思ってる。凄すぎ。‬ちょっと細胞分けてくれ。レポthx♡
‪個人的に「来月もイベント~」みたいに通い慣れるのもちょっとなぁ。あくまで私は、だけど。‬‬
この手の人は遠方の人達と集合して、その楽しみもあるんだろうなぁと思うから、それはそれで見ていて裏山〜〜〜とも思ったり。
私はホントに……静かにいさせて……心臓が……苦しくて……。‬‬
ネット弁慶だから文字でしか騒げないんですぅ……。‬‬
せめてマジックミラーで私の姿を隠して欲しい。‬周囲にいる他のファンにも見えないようにしてほしいぐらい人前に出たくない。‬‬
いやホントに、コッチ見ないで下さい、視認しないで下さい、認知しないでください(※誰も見てない)
‪1人、イベントの度に「吐きそう」って頻繁に呟いてる人知ってるけど、あれホントに吐きそうなんだろうなぁって思って見てる。‬‪緊張しすぎると体調悪くなるから。‬‬
私は地味に豆腐メンタルで体調壊しやすいから、そのせいもあるんだろうけど(嘘ちゃうぞ)‬
本当に緊張は体にクル。循環器と呼吸器の機能が明らかにおかしくなる。‬誰か手汗の止め方教えて。

‪向こうもただの人間で、フツーに生活してる訳なんだけど、なんだろうなぁこの感覚。‬

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俳優(声優)と同人作家

俳優(声優)と同人作家、そのファンの関係性はとてもよく似ている(と思う)

『交流』の距離感

同人をやっていると、どうしても読者の一部が『お近づき♡』になろうとしてくる。
これが異性ならば友達以上の関係を含んでいる場合もあるからややこしい。
女は自衛の為に、多少自意識過剰なぐらいでいい。
守ってくれる組織に属さない分、『積極的に関わってこようとする存在』には慎重になった方がいい。
作品ではなく、書き手の『本人』と仲良くなりたいのは何らかの下心がある。

近年呼ばれる『交流』は毎日毎日ベッタベタで鬱陶しい。
多少曖昧なぐらいが長続きする。
半端な敬語でやり取りする割に距離が近すぎる。
コッチの都合で投げつけた言葉に、返事は求めていない。
(私自身は返したい事が沢山あるけど、まとまらない)
イベントが始まる前も終わってからも「スカイプでお喋り楽しい(´ω`)!えへへ、○○さんと仲良くしてもらいました(≧∇≦)えへへ(公開)」なんて事をやってりゃ、いつか人間関係がこじれる。所詮は赤の他人。文字だけでは細かなニュアンスは伝わらない。
こじれずにジャンル移動でスッパリ関係が切れるのも、それはそれで互いがただの暇つぶしだったのかと思うと少し物悲しい(女性向けジャンルに多い)
私は交流する事が嫌いなのではなく、社交辞令のようなやりとりを日常的にするのが苦手なだけ。趣味は仕事じゃないんだし、程々に。
だから『イベントのアフター』は面倒の極み。
単純に体力が無い。1日1つの用事で疲弊する。早く帰りたい(※繰り返すけれど、行事としては嫌いな訳じゃない。ココ大事←理解されにくい)
ただ、ビジネスライクすぎても『付き合いが悪い』なんて事になりかねなくて、色々と難しい。

プレゼント

差し入れや結構高級なプレゼントを贈る人も居る。
基本的にあれはやめろ。せいぜいキャラのイメージカラーの入浴剤とかお洒落な絵がついたウェットティッシュとか、数百円の日常消耗品なら受け取った方も洒落で済む。
消えるもの、温度で変質しないもの、保存がきくものが好ましい。
私はある同人作家に諭吉1人分の値段はするバスローブを送った人を知っている。
本編でキャラにバスローブを着せる描写があって、受け取ったのはそのブランドのバスローブ。
書き手はその人を覚えるし、特別視はするだろうけど好意の特別視ではなく「高級な物とコメントをいつも熱心にくれる人」という認識になる。
ある程度大手だったから、他にも複数のバスローブ。勿論金銭的なお返しなんてできない。
住所が添えてあったものにはお礼として手紙に絵を描いて送ったらプレゼント攻撃が激しくなったらしい。
そしてイベントに出るとその人が必ず現れる。
「(あぁまた来た)」
数が多ければいくら物覚えが悪い人間でも流石に覚える。認知する。
逃げ場が無い。ジャンル移動してもついてくる。
『本人を追う』というのはそういうこと。
好意だから邪見に出来ない。凄く難しい。
『喜んで欲しい』
そんな純粋な心がこもっているのは間違いないから。
衣類の類いは『凄く嬉しい!』人もいるだろうけど、『気持ち悪い』と思われる事もある諸刃の剣。
テニプリのバレンタインやうたプリの誕生日大騒ぎはもう一種のネタand祭りなんだけど、金額にすると経済動いてる感凄い)

手が届かない、普段は何をしているかわからない。
「スタバの新作ラテおいしい♪」なんて身近なチェーン店の飲み物を呟く事も無い。
そんな精神的にも距離的に遠い存在よりも
『会いに行けるアイドル』の方が実益を感じる。
だから多く人はフレンドリーに友達っぽさをアピールしてハードルを低く設定する。
「気軽」に話しかけられる状況を生み出す営業活動。
漫画家が「日常ツイートをしたらフォロワーが減った」なんて言う。
そして「自分は無料の萌え製造マシーンじゃないから」と呟く。
漫画家が「萌え製造マシーン」である事がどれだけ偉大な事なのか、分かっているんだろうか。
自分の庭では自由にすればいいんだけど、『作品』よりも『自分』を見て欲しいんだなぁと思うと、
ファンとしては少し残念な思いでブラウザを閉じた。

本人を追う

何十、何百と『積んだ』握手券や応募券。
フリマアプリで投げ売りされる円盤本体。
トークショーなどの抽選をする為に仕方なく買った山盛りの缶バッジとアクキー。
その人の仕事(作品)のことよりも、その人の食べた今日のランチと、映り込んだ向かいの席は誰なのかを特定するのに躍起になる。
何を好きになって、何を追いかけているんだろう。
(それが悪い訳じゃない)

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『友達 (なんていなかった)』

※学生の頃に書いたメモを組み直した。

「ひとりひとりの個性を、大切にしましょう」
この国の横並びは美徳。
出る杭は打たれる。YESと言わない者を排除する。
集団の中の中に属す安心感。
集団の中。誰も自分をわかってくれない孤独感。
浮かないように、嫌われないように、自分のキャラクターを設定する。
人生は舞台。
同じ色のスーツを着て、同じ髪型をして、誰かが作った好感度高めなテンプレートの自己紹介。
「私は誰?」

一人に憧れて、一人になる事を怖れる。
一人が「可哀想」だなんて、どこかの誰かにすり込まれた価値観。
一人が「カッコイイ」だなんて、どこかの誰かにすり込まれた価値観。
「友達を沢山作りなさい、みんなと仲良くしましょう」
それが正しい事だと教育されてきた。
知人を友達だと呼び合って安心する。
 「(表面上)みんなと仲良くしましょう」
親友ランキングを作って、「私達、一生友達だよ」と語り合う。
私はあの子の親友ではなかったらしい。
私はあの子を親友だと思っていなかったらしい。
だから親友のふりをする。
もしかして、私に友達なんていなかった?

本当の自分なんて存在しない。
集団が、空気が、自分を変えていく。
体の細胞は生まれ変わる。
物質的な自分は存在しない。
私は何度生まれ変わったんだろう。
心は影響されやすい。

他人を受け入れる時は、私と他人が違うのだと知った時。
1人1人が違うからわかり合おうとするし、殺しあおうとする。

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逢花CD『閃光アジテーター』

逢坂市立花江学園~Radio テーマ曲『閃光アジテーター』

2017/07/21発売。
私は特典がお得なアニメイト盤のみを購入。
ブロマイド3種類+店舗特典で計4枚のブロマイド。
他法人特典と比べるとお得感and無難。
でもフォトショで修正されまくってて、逢坂さんの大切なホクロが消えてるのが超マイナス。
無修正ください(エロ画像かよ)

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りょーなっつではなく逢花、としてのCD。
『閃光アジテーター』、『空色のブックマーク』 、『 with you』の3曲とそのカラオケで6曲収録。
ちなみに私は3曲の中では歌詞も曲も含めて、表題の『閃光アジテーター』派。
以前のCDを再販しないのであれば『友情レボリューション』『アフタースクール』を入れたミニアルバムとして出してくれても良かった。

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今回、残念なのが『出張版逢花』が入っていないこと。
ブックレットも含め、ヴィジュアルは良いのだけど、CD単体として見た場合は何かイマイチ感があった。
特典ありきの商法が当たり前になりすぎて、単に楽曲が収録されただけだと面白みが無いなぁと思ってしまった。
以前の出張版逢花が良すぎたせいなのかもしれない。
個人的に特典は音声物が嬉しかった。
あとは逢花本編でカレンダーの収録風景を映像で流していたけど、あのデータを収録してくれても。
もしくはタイトルコールが入ったショートver.
そして両者それぞれのファンが一番望んでいるのはぶっちゃけ「ソロバージョン」
でもやっぱり、次があるのなら出張版逢花、もしくは未公開新曲を是非。
もっと言うならば、当初のテーマである学生生活らしさの原点復帰も望みたい。

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語り合いたい=繋がりたい?

コミュニケーションは得意じゃない

私は相手の顔色をうかがって、本音を隠して当たり障りのない世間話をする事が一番苦手。
スッカスカの上辺だけの愛想笑い。テンプレートのような挨拶。会話はそれっきり。
そんなステップを踏んで、後から本心を知って、幻滅されるぐらいなら最初から殴り合いたい。鋭利な刃物(言葉)で突き刺してこい。
ボッコボコに殴り合って血まみれになって最後はその血を拭って握手したい……のは理想論で、現実はそうはいかない。
だから「この人とは直接関わりたくないけど、言ってる事は気になる |ω・`)チラッ」ぐらいの関係が丁度いい。ネットではそれが出来る。
別に会話を交わさなくてもいい。言葉を交わさなくても、同じ世界に足を踏み入れた同士は仲間。それだけで繋がっている。
いつでも関係が切れるどころか最初から関わる事なく、覗き見だけしている奇妙な関係。傍観者。

私は人と関わるのなら感情の共有よりもその人自身の、その人の中にある感情と私の異なる感情や知識、資料を交換したいという感じ。
でもこれもあまり上手くいかない。
出来るなら互いにwin-winの関係でいたい。
私の、付き合いが長い人に共通する事は『一番好きな物が同じではない』という事。
そういう意味では『同担○す!同担以外としか関わりません!』という価値観の人は、
そういった価値観の人同士だから、すっっっっっごく仲良くなれるのかもしれない。どんな方向性であれ価値観が等しい。
別に私は同担○す人じゃない。わかると思うけど一応。

呟きを敬語でする人は呟きじゃない

私は典型的なネット弁慶だから、話し言葉と書き言葉は違う。
例えばTwitter。呟きなんだから何かを嫌いだとdisっても良いのだけど、
TLに自分の好きも嫌いも、その叫びが放流されてしまうのはよろしくない。
TLは相手に向かってリアルタイムで流れていく。個別に通知がいって飛ぶのではなく、流れ弾。
下手すれば撃つつもりがない人を被弾させてしまう。地雷なんかじゃない、これはミサイル。
特定の個人へ直接向けていない宙に浮いた言葉も、相手は自分へ向けたように感じてしまう。
「この人、こんな事考えてたんだぁ」といったマイナスのイメージは強く残る。
たとえ相手の思い込みでも関係がこじれる。傷つける意思のない無差別攻撃。
全てを@tosツイにするか?というなら、それはもう書き込まなくていい。
どうも現代は「直接言わないけど、ここに書いてあるから察しろ感」が凄い
アホ抜かすな、誰もお前の全てを見ていない。
言いたい事があるなら直接来い。

ネットに言葉を放流すると言う事は、どこかの誰かに見て欲しいと言う事。
誰に?それは自身への賛同者。首を縦に振るイエスマン
「嫌なら見なければいいんです!(翻訳:消えろカス)」
ネットで自分を晒すとどんどん自己顕示欲が強くなる。
賛同者が可視化する。無自覚に承認欲求が強くなる。みんながナルシスト。
多少なりの客観視、自制がないとネットに自分の考えを落とすことは危険が伴うような気もするし、
あんまり制御をかけると、まるで規制をかけたテレビ番組のように画一的で面白みが無くなる。
そのバランスは本当に難しい。

ぼっちの集団

それなりに人と話すことは好きだし、そういう気分じゃない事も多い。
私は完全に閉じている訳じゃない。閉じている人の事も理解出来る。閉じるだけの面倒な思いをしたんだと思う。
とりあえず私も過去、ひっでぇ目に遭ったので、アホの子を演じている人はわかる。
仲間を集め、それを自分の総意のように集団で武装するタイプが多い。
「私がやったんじゃない」と言う隠れ蓑。
アンケート集計で勝利した方が……というシステムは非常に民主主義的で日本的。
集団で他を弾圧する。スポーツやアイドルのグループでどちらが上だの下だのを争うのもそうかも。
人が死なない戦争。
絆だの繋がりだの、綺麗な言葉で着飾って力を誇示する。
現代はそういうタイプが多いような気がしてならない。別に誰も悪くない。社会がそうさせている。
たとえば『ぼっち』なんて、『ぼっちは本当は寂しい』と言うような価値観を集団で共有したいんじゃないのか。
それはもう『ぼっちの集団』。
本当のぼっちは1人を寂しいとか恥ずかしいだなんて感じない、というのは私の価値観。

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