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るるぶ逢坂@rurubuosaka

声優の逢坂良太さんがちょー好き!雑文ブログ。こっちメインにする。

逢坂良太生誕祭について思った事(2016)

逢坂語り

Twitterでの『♯逢坂良太生誕祭』というタグ。
私は産まれて初めて『生誕祭』というものをリアルタイムで閲覧し、参加した。

元々私は人の誕生日を祝う人でもなく、友人とプレゼント交換なども特にしない。
記念日に固執しない。ごめんぶっちゃけ覚えてない。月は覚えているけど曖昧。
ただの気分屋。面倒くさがり。
小学生の頃に誕生日会を自分で開き、それにお呼ばれした人はいると思うけど、アレは本当に今でも意味がわからない。
普段自分にはもらえないような金額のお小遣いを『友達のプレゼント』の為に親から貰うのが本当に苛立ちMAXだった。
そもそも祭り事にあまり積極的ではない。しかし店から送られてくる『バースデークーポン』は積極的に使う。
そんな私が産まれて初めて『生誕祭』に参加した。

2016年8月2日当日。
今までTwitterもあまり見なかった私は生誕祭というものがどのような物か、その実態は知らなかった。
絵を描いたり、キャラのストラップ飾ったり祭壇造ったり、ケーキ買ったり作ったり、そういう感じの…というようなアバウトな情報はあるものの、その場に居合わせた事は無かった。
そして8月2日。一斉に『♯逢坂良太生誕祭』とタグがつけられたツイートがTwitter上に流れ出す。
いや、溢れ出した。怒濤の勢い。
あの速さは本当に凄かった。
何枚もの写真を組み合わせたコラージュ、丁寧に描かれたイラスト。
一番驚いたのは動画。どれだけの時間を使って準備を重ねてきたんだろう。
もー、これはひとつの作品発表会。
そしてケーキもホールで名前入りだったり、飾られた写真やグッズの数々。
その為に配置を考えたりライトアップしてみたり加工してみたり…。とにかく一つ一つが非常に楽しかった。
全てに、少しずつ時間をかけて準備をしている様子が伺える。
別にお金や時間かけたのが偉いって訳ではなく、
その人の為だけに一つの行動を起こし、時間を使ったと言う事実。これは凄い。
上記で「めんどくさ」などと書いた私は「めんどくさ」などと一切思わなかった。 『好き』の想いと行動力って凄まじい。

年賀状が挨拶であるように、誕生日というのは遠い人には話すきっかけだったりする。
最初は「誕生日じゃなくて生誕祭?言い過ぎじゃ?」なーんて思っていた私も『生誕祭』の名がついた事に納得した。その名にふさわしい。
もうあれは完全に祭りだった。盛大なお祭り。
2日の夜になれば「終わってしまう」と言う呟きや、23時を過ぎてもなおスライディングしてくる人まで本当に一日中。後夜祭まで。
こうやってファンの一つのイベント、交流として生誕祭があるのは非常に面白かった。
普段発言しない人が一言ポツリと祝うのは特に興味深かった。

個人サイトが乱立していた頃はそれぞれのホームページで管理人がイラストを飾ったり、
訪問者のイラストを展示するページを作ったり絵チャットを開いたりしていたものだけど、
今はTwitterやpixivみたいな大きな『集合場所』が活動のメインの人が大半。
ホームページ形式だと絵を描いたり、何か特技のような物がある人以外は作品として表に出せなかったけど、
今は言葉だけでも個人が表に「おめでとう」と一言発する事が出来るし、多くの人の目にも入るから余計に大きな祭りになるのだなぁと思った。

ここまで大きなお祭りだとは思っていなかった私はとりあえずケーキを買ったけれども
いやいや、ちょっと久々にパスでも引いてみるかと一枚ちょっとアップしてみた。 来年はもうちょい気合い入れていきたい。
普段絵を描いたりはしないけれど、やはり絵はいいなぁ。

ところで箱推しだと言って色んな作品のキャラの誕生日を祝っている人が身近にいるんだけども、
「いつも人の事を想っている私すごくない?」と言っていたのが印象的。すげぇポジティブ。これは流石に私には真似できん。

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